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感想@映画「そして父になる」*ネタバレあり [映画・舞台]

映画「そして父になる」を映画館で観てきましたので
感想を記します。

そして父になる【映画ノベライズ】 (宝島社文庫)

そして父になる【映画ノベライズ】 (宝島社文庫)

  • 作者: 是枝 裕和
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2013/09/05
  • メディア: 文庫

主なキャストさんはこちら(敬称略)。
野々宮良多:福山雅治
野々宮みどり:尾野真千子
斎木雄大:リリー・フランキー
斎木ゆかり:真木よう子

以下の記述にはネタバレを含みます。


————

ずっと気になっていたこの作品。
第66回カンヌ国際映画祭の審査員賞を獲り、
また、封切り直後ということで、
映画館は非常に混雑していました。

子供の取り違え事件が描かれているという
最低限の知識のみを入れた状態で観ましたところ……
予想以上に良く、大変素晴らしい作品でした。
事実が分かった直後の慶多の誕生日のシーンから最後まで、
私はずっと泣きっぱなしでした。
ここ数年、映画館やDVDで観た作品の中で
一番良かったです。



まず、
「息子が実の子供でなかった事が発覚した後の夫婦」
という設定が作られた時点で、
この映画は“泣ける”要素を満たしていたのでしょう。
しかし、最近の映画にありがちな、
観客の感情を変に煽るような下手な演出は一切無く、
観ていて苛立ったり疲れたりすることもなかったです。
作中でピアノが重要なものとして位置付けられているからか、
大事なシーンの音楽は全てピアノの演奏曲だったのが、
せつなさを滲ませた柔らかい雰囲気を作るのに貢献していて、
作品全体を彩っていました。
また、ドキュメンタリーと違い、
カメラが登場人物の心に常に寄り添っています。
作品の隅々まで非常に丁寧に作られているのを感じました。
結果、二時間十分の上映時間はあっという間に過ぎました。



一番良かったと思えたのは
やはり、主人公・野々宮良多(福山雅治さん)の心境の変化です。
作品のタイトル「そして父になる」は
勿論、野々宮良多を差します。
そしてこれは、野々宮良多が、
実は自分の子供だったという琉晴の父にもなるという意味であり、
「結婚をして子供が生まれたから父になった」という
表面的なことだけでなく、
彼が人間的な成長を果たして晴れて父親になったとの意味も
ありました。

仕事、パートナー(妻)、収入に非常に恵まれ、
ホテル並みの高級マンションでのリッチな生活を
ごく普通に送る野々宮良多。
それと対照的に描かれていたのが、
もう一つの家族・斎木家の父親である
斎木雄大(リリー・フランキーさん)です。
この斎木雄大が実に良かったです……!!
くすっと笑えるようなシーンが多かっただけでなく、
金銭に対して非常に卑しいといった嫌な部分もよく描かれていて、
人間として生々しかったです。
普通の人が理想とする生活を野々宮良多が送っていて、
普通の人の現実の生活が斎木雄大なのではないかと思いました。

通常であれば、
経済的に恵まれていない斎木雄大は、
野々宮良多に対して激しい劣等感を持つでしょう。
実際、作中でも、野々宮良多は、
斎木雄大に対して蔑んだ目を向けています。
たとえば、斎木雄大の家(電気屋さん)を初めて見た時。
車中で野々宮良多が漏らした言葉は、まさに本音です。
また、フードコートのレジでの支払いで、
斎木雄大が財布を出した時、
それがまるで子供が持つような安いものだったので
(しかも年季が入っていそうだった)、
野々宮良多は驚きつつ呆れていました。
これらの野々宮良多の反応や言動は、
観客の心境を代弁したものでもあったはずです。
斎木雄大のお金にがめつい(意地汚い)描写に対しては、
私も野々宮良多と共に
「なんだ、こいつ……」と何度も不快に感じました。
でも、「新幹線代が出るって言うから来ちゃった」と言ったり、
二つの家族の会合での食事代の支払いで領収書を貰ったり、
病院側との話し合いの席で
滅多に食べられないらしい蟹を
ここぞとばかりに食べていたりしたのは、
見るに絶えないシーンでしたが、
経済的に恵まれていない家の父親の描写としては
リアリティがあったと思います。
野々宮良多が斎木雄大に対して尊大になり、
「こいつに慶多を渡しても大丈夫なのか」
との不安を持つ材料にもなっていたと思います。

でも!!!
斎木雄大は、その飄々とした性格のせいか、
野々宮良多に対して劣等感を抱かないんですよね。
それどころか、
父親として取るべき行動を、野々宮良多に向かって忠告します。
斎木雄大を「自分より下だ」と見ていた野々宮良多は
ムッとし、反論もしますが、
家族サービスの点で彼に勝てるわけもなく、
結局、適当に相槌を打って終えるという
なんともなさけない会話の終え方しかできませんでした。



また、二人の子供も対照的に描かれていました。
同じ日に生まれた同い年の子供でも、
育った環境が違うと性格や言動の差がここまで生じるのか!と
実感しました。
でも、そんな子供たちでも、
無邪気に遊んだり、親を慕う気持ちだったりが同じであることが
作品のせつなさに繋がっていて、
何度も泣かされました。

特に挙げますと、
映画の終盤、琉晴が野々宮夫婦に馴れ、
家の中での本格的なキャンプごっこを楽しんだ夜に、
流れ星に託した願いとして
「パパとママのところに戻りたい(斎木家に戻りたい)」と
打ち明けた時は、
私も胸が潰れるかと思ったほど苦しかったです。
しかも琉晴は、とても淋しくて辛い思いをしているのに、
その直後、自分に優しくしてくれる野々宮夫婦を気遣って、
両手で顔を覆いながら「ごめんなさい」と謝るんですよね……。
元の家に帰りたいという願いは、
父母の絵として、
元の両親(斎木夫婦)の絵を描いた時と同じなのに、
琉晴の中で
「お父さんとお母さん(野々宮夫婦)も大事な人」
との想いが生まれた為に、
形が大きく変わってきたのではないでしょうか。



対照的な父親、
一部の感情以外は対照的な子供——にくらべると、
二人の母親の描写には差があまりありませんでした。
勿論、二人は違う人物ですので、性格や言動が異なります。
たとえば、慶多が公園で転んで怪我をした一件では
考え方の大きな違いが強く描かれ、印象的でした。
でも、この作品では、
根本的に“母は母”という感じで描かれていたと思います。
野々宮夫婦のそれぞれの母親(慶多の祖母)の描写も
大変良かったです。



中盤で明らかにされる、
慶多と琉晴の取り違え事件の真相については、
私もショックを受けました。
場内でも、大勢のお客さんが
「えっ?!」と言わんばかりに息をのんでいました。

それが分かる裁判の前に、
前橋の実家に戻った野々宮みどりが母親に向かって、
「人に恨まれてこうなったんじゃないんだから」云々と
言っていたのが
ここに繋がっていたんですね。
裁判所の傍聴席にて真相を知った四人が、
絶句しながらもわなわなと震えている様子や、
その直後に入った喫茶店で、
堪えられない怒りを一気に爆発させた様子が
とても良かったです。

弁護士経由で届いた犯人の“誠意”をわざわざ返しに行った際、
野々宮良多は本当に怒っていたと思います。
でも、犯人の息子が放った
「関係ある。僕の母親だ」との言葉を聞いて引いたのは、
親を想う少年の熱い心に打たれ、納得しただけでなく、
その言葉に少し救われたからでもあるように
私には感じられました。
「親だから」「子だから」と言ったり言われたりしただけで
問題の全てが解決してしまうほど、
「親」や「子」という言葉には重みや意味があるのだと、
野々宮良多は感じたのではないでしょうか。



最後、逃げる慶多を追いかけて
野々宮良多が彼と共に歩いていくシーンでは、
涙が止まりませんでした。
ここ、野々宮良多を演じる福山さんが
何度も声を詰まらせたり震わせたりしていて、
その心情がよく伝わってくるので、
私の気持ちが野々宮良多の想いに自然に乗りました。
「ミッションはもう終わり」という台詞も良かったなぁ。

長く歩いた後、最後に、
二人が歩いていた道が合流するという流れも最高でした。
公園などに行くと、よく見かけるものだとはいえ、
あの撮影現場を見つけたスタッフさんはGJです!!



ラストシーンも大変良かったです。
結局、その後がどうなったのかは描かれませんでしたが、
もし子供を交換し続けたとしても、元の状態に戻したとしても、
二つの家は二人の子供を介して一つになったことでしょう。
だんだん画面が後ろに引いていく
(そして日が暮れていく)映像からは、
それがよく伝わってきました。
また、夕暮れというのは、
昔でいうと「家族が揃うご飯時」を示すからか、
家族団欒を何となく感じられる時間帯なんだと
改めて思いました。
余韻に浸れるエンドロールも良かったです。

内容が内容ですので、
作中では精神的に辛い描写が多かったです。
でも、「主人公が愛する対象が増えた」という結果に
無事に落ち着くのを見られたことで、
最後はホッとしました。
ただ、あまりに泣きすぎたせいで、
劇場を出る時には泣き疲れました……!



最後に。
「子供は親に似る」と言います。
親と子が血で繋がっていれば、
遺伝子が引き継がれるわけですから
それは当然のことです。
でも、一緒に暮らしていると、
他人でも何故か顔や雰囲気が似てくる場合があるのも事実です。
よって、血の繋がりのない親子が似ることも
そう珍しくないことなのかもしれません。
ただ、野々宮家のように、
血の繋がらない子供がまだ幼く、
父親が家に不在気味、母親は専業主婦という場合、
母と子が似るかもしれない可能性は高くても、
父と子が似るかもしれない可能性は低いと思えます。

でも、この映画を観ていたら、
自分が「××の親である」や「××の子である」との意識を
普段から当然のこととして所持していたら、
触れあう時間が少なくとも、その絆はとても強くなり、
顔つきや雰囲気が何となく似るようになるのかなと思いました。
作中では、
それぞれの子供がそれぞれの親に似ていないことを
他人からの冷たい言葉で直接指摘されたという過去が
双方から挙げられましたが、
多分、言った当人は何気なく発しただけですよね??
もし、取り違え事件が発覚しなかったら、
慶多も琉晴も
それぞれの夫妻に何となく似たかもしれないなと
勝手に想像しました。



私は未婚で、まだ子供がおりませんので、
観た後は、母親に優しくしたいと思いました。
また、鑑賞中は、亡き父を何度も思い返しました。

家族の在り方は人それぞれですが、
きっとこの映画を観た誰もが、
自分の親だったり子だったりを改めて大事に想うと思います。
本当に素晴らしい作品でした。
お勧めです!




2013-10-02 18:30  nice!(0) 
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